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2007年2月 7日 (水)

祖母とまぼろしの天丼

今週の社長のひとこと-------------------------------------------

いつも脳の講演の冒頭で、自己紹介をするときの決まり文句があります。

「北は、北海道、南は九州ではありません!

私の育ったところは、北は、横田めぐみさん、南は蓮池さん、

目の前は、佐渡が見えて、曽我さん

このトライアングルの底辺のほぼ真ん中の海岸線近くです。」

  

年のころなら、さほど変わりません。

当時は、「ジョウハツ」という言葉がつかわれていました。

 

一刻もはやく、解決してほしいものです。

すべては脳からはじまらないことを示す事実の一つが、拉致問題です。

「すべては脳からはじまる」などと他人の脳みそのごとく悠長に構えている場合ではないのです。

 

このトライアングルゾーンに育ち、

「すべては脳からはじまる」と自覚したのは、14歳の夏でした。

以来、脳への底知れない興味にとらわれて、脳を学んできました。

脳を学ぶことは、脳の知識を蓄えることではなく、

脳体験をすることだと分りました。

 

そして、ようやく「脳はすべてを知る」と分ったのは、最近のことです。

自分の脳学体験の中でも重大な進歩でした。

30年経っても変わらない興味は、脳以外に海とスポーツが好きなことぐらいで、

ほかに見当たりません。

 

「すべては脳からはじまる」ことよりもっと大事なことが、

「脳はすべてを知る」です。

私の中にある「脳はすべてを知る」ことの思い出に耽ると、

21年前に他界した祖母が連れて行ってくれた食堂の天丼がよみがえります。

普段気がつかないことでも、自分を支配している記憶があることに気がつくことがあります。

わたしのなかでは、幻の、マボロシの天丼もそのひとつです。

 

34歳の頃は、体も丈夫でなく、風邪がはやると必ず引いていました。

今、医者として子供たちの診察をしているわが身からは、まったく想像できません。

年中の幼稚園にはほとんど行っていません。

幼稚園に通った日数より、病気していた日数のほうが多かったかも知れません。

扁桃腺を腫らして発熱すると、祖母が定期バスで隣町の医者に連れて行ってくれました。

当然一日がかりの大仕事です。

 

その医者帰りの昼過ぎに、「家のものには、黙っていてね。」と

よく祖母が知り合いの食堂に連れて行ってくれました。

その食堂で、祖母がオーダーしてくれるのが、天丼でした。

当時、海岸沿いの新潟に生まれ育った私は、その天丼が、絶品だとは気がつきませんでした。

 

コシヒカリの上に、地元の海で上がった天然の車えび2匹が踊っているだけだったが、

今、思い返すとその味に二度と出会っていません。

 

いつしか、祖母が医者帰りに連れて行ってくれる天丼が、楽しくて、

39度の熱でも子供ながらに、平気になることもありました。

まさに、気は、こころ、病は気からです。

脳の使い方で、発熱も癒すことができるのです。

 

天然の車えびは、もう20年近くも、近海からはほとんど上がらなくなりました。

まぼろしの天丼をもう二度と口にすることはないでしょう。

 

祖母もいない、天然の車えびもいない。

それに、もう自分が医者になってしまったのでは、医者帰りは、不可能です。

 

こうして、脳は経験とともに育ち、その枝ぶりをよくしていく。

脳の枝ぶりの一本一本が、すべてを知っているのだと確信しています。

あなたの「脳の枝ぶり」はどんな枝でしょうか?

脳の記念撮影・アルバムをおすすめします。

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