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2006年8月28日 (月)

脳の働きとオーラの湖

今週の社長のひとこと-------------------------------------------

すべてを脳から考えるとき、少なくとも脳はすべてを知っていると信じて

ものごとに立ち向かいます。

そこで、何か見落としがないかといつも疑心暗鬼になるのが学者の

性分というものです。

 

脳の働きが、生きている環境に強く影響されるということは、

今までに多くの脳体験を重ねてきて、確信があります。

 

しかし、それでもなお、腑に落ちないことが一つ残っています。

それは、DNAによる脳への影響でも、環境による脳への影響

でもありません。

それは、一人ひとりの人間の生の始まりの「脳の形」と

生の終わりの「脳の形」を力強く結ぶ

意志と方向性を持ったベクトルのような力です。 

   

このような力は、例えば、前世を仮定すると非常に説明しやすくなります。

しかし、前世の有無を度外視しても、科学的に表現することは、

私には、もう少し時間がかかりそうです。

 

酸素交換波動方程式によって虚数生命科学の存在は認知できても

この生のベクトルがどこからやってくるのか?

ひとつの大きな疑問でもあります。

 

通常の可視光以外、すなわち、目に見えていないオーラのような

存在の脳へ関与を想定しても楽しくなります。

しかし、まだまだ、これは、山のほとりの湖に自分の顔を写してみたら、

いつもは見えないオーラが見えたという類の「オーラの湖」話に近いものがあります。

 

ひとの脳の形を真剣に見ていると、人の脳は強い力によって、良し悪しは

別として押されているように思えることを否定することができないのです。

  

そこで、最近は、勝手な歴史的な空想を楽しんでいます。

私の空想は、有名無名いずれの歴史上の人物たちの中に、

自分自身を発見することです。

あるいは、友人、知人を歴史の中で再発見することです。

 

この空想は、前世の有無とは別に、文献的考察から歴史の中に自分の

過去を発見するかもしれないというわくわくした「ファンタジーサイエンス」

かもしれません。

 

知らないことが多すぎるために、間違った判断をすることはあります。

それを歴史の中の人物で補うわけですから意味があると考えています。

 

これは、私の脳の余暇の楽しみ方の一つです。

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2006年8月23日 (水)

早実後藤貴司選手の父へ、優勝おめでとう!

今週の社長のひとこと-------------------------------------------

今回は、不思議な体験をしました。

いや、これが、記憶という脳の働きの本質なのかも知れません。

 

私の場合、スポーツを観戦するとき、必ず個人的に興味を引かれる

選手を見つけて、感情移入しながら一体となって見ます。

 

今回の高校野球の決勝戦は、駒苫の田中将大投手と早実の後藤貴司選手

でした。

駒苫の田中将大投手は、昨年の優勝の時から、マスコミ同様注目していました。

野球もさることながら、強烈な意志の強さを顔にもにじませている

私の父の若い頃の目元と田中選手の目元が似ているので、いつも見るたびに

似ている!似ている!と、個人的な見方をしていたのです。

 

しかし、早実の後藤貴司選手は、準決勝からで、彼がバッターボックスや守備に

つきTVでクローズアップされると、徐々に気になりだしました。

  

決勝になるとTVに釘付けになり、斉藤投手よりこの後藤選手が、さらに気になりました。

試合でも、この後藤選手に駒大はなんとなくやられるのではないかとさえ感じる

ようになりました。

再試合になるとどうして後藤選手の顔に親近感が生まれるのだろう?

自分は、後藤選手のファンになってしまったのか?考えるようになりました。

 

そのうちにどこかで見た顔だと思うようになります。目元、口元が中学時代の同級生

に似ているのです。

 

まさか、そんなことがと思いながら、やっぱり、後藤選手が気になります。

再試合が決まったとき彼の受け答えを聞くと強い意志が感じられました。

その表情もどこかでみたことのある人と似ていました。

2005buzz   

今朝、新潟の父からの電話で、答えが出ました。

後藤選手は、私の寺泊中学校時代の同級生の息子だったのです。

後藤友ニ君、優勝おめでとう!

4番で、キャプテンの父親が、どれほどの責任と重圧を家族で受け止めていたか?

おそらく体験したひとにしか理解できないと思います。

ただ、ただ、ご苦労さんでした。

  

いま、われわれがともにすごした寺泊中学校は、合併になりありません。

自然の中ではぐくまれた脳と体を受け継ぎ、野球が弱いといわれた新潟県、

それも寺泊のDNA(デー、エヌ、エー)が、甲子園優勝時の

4番、キャプテンの中に、脈々として受け継がれていることを考えると、

うれしさが、自分のことのようにこみ上げてきます。

今、寺泊は、大騒ぎだと、父からの電話です。

なんともいえなく、私の脳の記憶も大騒ぎです。

 

ひと段落したら、同窓会でねぎらわせてください。

ご苦労様、感動をありがとう。

 

偶然にも、同様に注目していた駒苫の田中投手の父田中博さんも全く同世代の45歳です。

田中さんにも、同様に、感謝したいです。

同世代のわれわれにも力をもらいました。

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参考:

見守る家族、感涙に浸る 早実スタンド:

http://sports.yahoo.co.jp/hl?c=sports&d=20060822&a=20060822-00000007-asa-spo

早実「覚悟」共有が強み:

http://sports.yahoo.co.jp/hl?c=sports&d=20060815&a=20060815-00000003-ykf-spo

高校野球:駒苫と早実、決勝引き分け再試合:

http://www.mainichi-msn.co.jp/kansai/news/20060821k0000m040096000c.html

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2006年8月20日 (日)

脳を鍛える球児たち「栄冠は君に輝く」

今週の社長のひとこと-------------------------------------------

 

 

「雲は湧き 光溢れて 天高く 純白の球 今日ぞ飛ぶ

 

 

若人よ いざ まなじりは 歓呼にこたえ

 

 

いさぎよし 微笑む希望 ああ栄冠は君に輝く」

 

 

(作詞 加賀大介 作曲 古関裕而)

 

 

全国高等学校野球選手権大会の大会歌「栄冠は君に輝く」

 

 

である。

 

 

 

 

 

今日、820,第88回の決勝は、プロ並みの技術と精神力を

 

 

持った2人の投手戦で、3連覇の駒大苫小牧か、早実の初Vかは

 

 

明日の再試合に持ち越された。

 

 

 

 

 

高校時代、新潟県にある母校長岡高校は、56年ぶりの甲子園出場を

 

 

果たした(1977年)。妹は、この野球部のマネージャーをするほどの熱狂的な

 

 

野球フアンだった。

 

 

 

 

 

妹が高校1年生の時(1979年)、母校は再び甲子園出場を果たした。

 

 

両親は、マネージャーの妹をサポートすべく3年間、一緒に

 

 

戦い続けていた。

 

 

高校球児は、確かに一人で戦っているのではないと思う。

 

 

  

 

 

そんな記憶が、蘇りながら、今日の投手戦を見ながら

 

 

熱くなった。

 

 

  

 

 

田中投手、斉藤投手の表情や追い込まれたときの表情と

 

 

投げるボールを比較しながら、彼らの脳の使い方を、

 

 

ワクワクしながら楽しんだ。

 

 

脳を研究する間に、徐々に独自の人の思考鑑定ができるように

 

 

なったからである。

 

 

 

 

 

本当か?嘘か?巷では、「脳を鍛える」とう言葉が、話題になっている。

 

 

しかし、実際に「意図的に、必然的に、脳を鍛える」ことはたやすい事ではない。

 

 

多くの場合、まやかしであると思っている。

 

 

 

 

 

その理由は、簡単だ。

 

 

「脳を鍛える」と言っている人自身の脳が、鍛えられていない

 

 

からである。

 

 

 

 

 

非常に厳しいことだけれど、行動と脳の働き、脳の鍛え方は、いろいろな点で

 

 

関連性があるのである。

 

 

私自身もこの高校球児たちのように、しっかりと脳を鍛えなければと

 

 

励まされた。

 

 

 

 

 

明日の結果は、誰にも今は分からない。

 

 

しかし、試合終了後、駒大の田中君やほかの選手がTVに映し出されたとき

 

 

彼らは、人一倍うれしそうな顔をしていた。

 

 

その顔の表情は、大好き野球が、格好の相手ともう一試合やれるという

 

 

前向きな表情だった。

 

 

 

 

 

好感が持てた!

 

 

この前向きな、いやみのない、まっすぐな表情こそ、脳を鍛えるということだと思う。

 

 

 

 

 

明日の試合の結果がどうなろうと、

 

 

彼らは生涯脳を鍛え続け、自分自身を成長させていくように感じた。

 

 

 

 

 

高校野球がすばらしい理由がここにある。

 

 

夏川りみさんの歌う「栄冠は君に輝く」を何回も聞きながら

 

 

今日を試合を振り返った。

 

 

まだ見ていたい!明日また、見れると。

 

 

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参考:夏川りみが歌う大会歌「栄冠は君に輝く」

 

 

http://www2.asahi.com/koshien/88/info/song.html

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2006年8月14日 (月)

脳のダイエットは可能か?

今週の社長のひとこと-------------------------------------------

「脳は筋肉のように鍛えることができる」とNHKスペシャルで、説明して以来、

いつのまにか巷に、誰が言ったということもなく広まってしまった。

本人が、詳しく説明していないのだから、その深い意味は、誰も知らないと思う。

 

毛細血管という10のマイナス6乗の小さいなサイズの血管が、体では酸素を直接、

組織に供給している現場と考えられている。

面白いことに、脳の毛細血管と筋肉の毛細血管は、非常に類似していると言われています。

 

脳と筋肉の毛細血管が、同じなら筋肉のように鍛えられる性質が脳にはあると考えたわけです。

脳がどのように鍛えられるかは、メルマガや執筆中の本に譲るとして、

体では、筋肉を鍛えると同時に、余分な皮下脂肪も燃焼されスリムになります2005_4

 

では、脳も鍛えたら、スリムに成れるのか?

これは、結構重要な問題だと思っています。

 

例えば、英語では、よくいい考えが浮かんだとき、

you are smart. とか you are cool. と表現します。

 

スマートな考えを継続すると、脳のダイエットが実現できる!

なら、それに越したことはありませんね。

 

私は、脳のダイエットというのは、もう少し、動きやすい、フットワークのいい脳をイメージします。

フットワークのいい脳は、どのような脳か?といいますと。

しがらみのない脳、いやみのない脳、年寄り風吹かない脳、いばらない脳、

自他の考えやアイデアが区別できる脳など、

 

総合すると

脳のダイエットは、目に見えないようである。

しかしながら、贅肉のない脳を持ちたいものである。

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2006年8月12日 (土)

老人と海とマナフィー

今週の社長のひとこと-------------------------------------------

「老人と海」といえば、アーネスト・ミラー・へミングウェイ(1899-1961)の名作である。

高校生のとき、登場人物の老人と少年を、祖父と自分に重ねて、

何度も読んだ記憶がある。

3歳から、祖父の船で、ローブにつながれても海に行くほど、海が好きな少年だった。

「老人と海」には、いくつも祖父と自分に重なる点があった。

日本海の海岸線で暮らし、その祖父も96歳となり、ひと夏、ひと冬超えるのも、

いよいよ大変そうである。

祖父は、83歳まで漁にでていて、趣味と仕事が全く一致していた。

50ccのバイクにも10年前まで乗っていた。

 

祖父が、愛してきた日本海も、ここ十数年、日本海の沿岸の魚の数は激減している。

祖父が漁をした海岸では、あれほど取れていた舌平目が、ほとんどあがらない。

車えび、いわし、。。。ほとんどの魚がいなくなった、取れなくなっている。

このような、自然の変化を生まれてからずっと海を通じて感じてきた。

 

もし、この感覚が、日本人一人ひとりすべてに伝わったら、どのぐらいの

危機感でどんな対策が立てられるのだろう。

 

地震なら、体が同時に揺れる共通情報がある。

海のさかなは、地上からは見えにくい。

まるで、他人の顔が見えても、肉眼では、脳の形が見えないのと同じである。

人は、見えているものを信じやすい。見えていれば、対策や考えがはっきりする。

面白いことに脳の形は、MRIで見ることができるのに、観ようとしてこなかった。

見えているものと見えていないものの区別を意識して

生活しているわけではないからである。

見えているものだけに継続的に脳がさらされると、

見えていないことに脳ミソが働きにくいからである。

 2005_3

今日は、ポケットモンスターの映画「ポケモンレンジャーと蒼海の王子マナフィー」を観た。

一言で、「マナフィーと海」の話である。海を舞台にしたアニメーションでも、

幼児から少年の頃の体験映像がよみがえってきた。

 

内容的には、すこし、ポケモンキャラの宣伝という大人の仕掛けが気になった。

大人の仕掛けは、子供には見えないかもしれない。

つくりとしては評判がよくない,まだあどけない,仕掛けられなかったつくりの「ゲド戦記」と

大人の仕掛けが気になるポケモンとどっちがいいのか、

今日は脳が天秤状態になってしまった。

 

いずれにしても2つのアニメーションでは、明らかに観ている子供の様子が

異なっていたことだけは確かだった。

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2006年8月11日 (金)

サッカーのための脳トレーニング!?

今週の社長のひとこと-------------------------------------------

8月9日、オシムジャパンのサッカーの初陣の試合がトリニーダードトバコと

行われた。オシム監督のコメントは、「90分間走れていない選手がいた」だった。

サッカーは90分間、走るスポーツなので、90分間走れないという意味は、

サッカーができないという意味に取れる。

つまり、サッカーの日本代表に選ばれた選手は、サッカーができない選手だったのである。

 

なぜ、サッカーができない選手を選ぶのかという「矛盾」がある。

しかし、初陣の監督としては、この「矛盾」をあえて知らしめることから開始したという

明確なビジョンが伺える。

 

サッカーなら、監督を変えれば、この「矛盾」を示すことができる。

 

では、脳の研究分野では、どうであろうか?

脳の研究に限らず、研究は、研究者自身が、自らの矛盾を認めない限り、

「お前の研究と脳ミソは、矛盾だらけだ、やめろ!」とは言えないのである。

  

たとえば、私が気がついた「矛盾」は、脳機能イメージング研究にもあった。

脳の静脈は、脳実質ではないのに、脳の静脈反応をみて、

これは、脳機能イメージングだと悪びれず報告していた。

当初、私自身も、この重大な矛盾に気がつかなかった。

問題なのは、いま、気がついた研究者もその矛盾を止めないことである。

  

これは、脳研究に限ったことではないが、

「矛盾を止める強さと勇気」が、ひとり一人に必要である。

オシム監督は、サッカーのための脳トレーニングの第一歩は、

まず、自己矛盾を突破することだと指摘しているように思える。

Photo

では、サッカーで90分間走りきるための、脳からのアプローチを考えてみたい。

その方法は、あきらかだとおもう。

脳から考えれば、

その答えは、次回まで。

もしその答えをあてることができる人がいたら、コメントをどうぞ。

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2006年8月 6日 (日)

脳から考える「ゲド戦記」

今週の社長のひとこと--------------------------------------------------

医学生の頃から、試験や実習の合間に見ていたのが映画。

とりわけサスペンスや弁護士ものが好きで、よく見ています。

米国在住の頃は、映画館が、住まいのマンションから廊下でつなっがっていて、

4ドル払って、何回でも心置きなく見ていました。1日に4本も違う映画を見るともう

最初の映画の感動は、いともたやすく最後の映画の内容に奪われてしまうので、

脳の記憶のメカ二ズムを考えた映画の見方が必要だと合点したものでした。

 

最近は、漫画、アニメーションを使うことでも、実物以上の表現力と感動が

呼び起こされることに強い興味を持っています。

Moon  

今日は、「ゲド戦記」を観てきました。

永遠に生きることができない人間の一生についてもこの映画は取り扱っていました。

脳からこの永遠に生きることができない問題を考えてみると、

一つだけはっきりした答えが出ています。

脳研究の難しさは、われわれが100年ぐらいしか生きられないことなのです。

もし継続的に、同一人物の生き死にを何回も見ることができるなら、脳研究は一段と進歩すると考えます。

そこで、今、われわれにできることは、

「過去からの祖先の遺産を未来へと意義づけていくこと」だと思います。

祖先の叡智を脳医学によって置き換えたり、新しい説明を加えたりすることで、

一人ひとりの一生から、再現性のある脳の知識を切り取っていく作業を根気よく継続しています。

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参考:ゲド戦記 

http://www.ghibli.jp/ged/

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